小園拓志(御代田町長)の経歴や学歴・家族は?土下座の理由はパワハラ?

長野県の御代田町長に再選した小園拓志(こぞのひろし)氏ですが、再選の祝勝会で突然土下座し、その後体調不良で入院したという。

いったい何があったのでしょうか。」

そこで今回は、御代田町長・小園拓志氏の経歴や学歴・家族について、さらに、土下座の理由はパワハラなのか調査しました。

目次

小園拓志のプロフィール

名前:小園拓志(こぞの ひろし)

生年月日:1977年9月8日

年齢:55歳

出身地:北海道日高市

小園拓志氏は、北海道日高市出身の55歳です。

父親は競走馬専門の獣医で、母親はピアノ教室の先生だそうです。

小学校1~2年生の時は、近所の先生に茶道を習っていたという。

漫画が好きで、切手集めなども趣味でやっていたそうです。

「第8回アメリカ横断ウルトラクイズ」で、父の後輩が優勝したのを機に、ウルトラクイズにドハマりしたそうです。

小園拓志氏が初めて御代田に来たのは小学5年のころだそうで、目の前の浅間(前掛山)が広がる景色が印象に残ていたそうです。

小園氏の学業は優秀で、小学校6年生の時には全国模試で1位になったという。

そして、神戸の灘中学受験を決意したそうです。

小園拓志の出身高校・大学は

小園拓志氏は、中高一貫教育で有名な、超難関である灘中学・高校に合格しています。

中学時代は「灘校クイズ同好会」を立ち上げるなど、クイズに没頭していたようですね。

高校2年生の冬休みにヤマト運輸でアルバイトをしていたそうですが、その後年明けの1995年1月17日には阪神淡路大震災を迎えたという。

出身大学は、東京大学文科1類(法学部)です。

大学時代は、法学部の混声合唱団「緑会合唱団」に入部し、後に妻となる「沙織さん」がいたそうです。

小園拓志の主な経歴

2004年4月:北海道新聞社(記者職)に入社、その後、江別支局、帯広支社、本社編集本部、報道センター、法務担当します。

2017年4月:株式会社HandMadeに入社

2018年9月:御代田町に転入

2018年10月:御代田町長選に出馬表明

2019年2月17日:御代田町長選で初当選を果たす。

小園拓志の嫁や子供・家族は?

小園拓志氏は、北海道新聞社に記者として入社し、江別市局に配属されていますが、ライバル紙が強い地域で自分を鍛えたい、と会社に申し出て、帯広支社に赴任しています。

その頃、妻の「沙織さん」をご結婚されているようです。

お子さんは、娘さんが2人いるようです。

小園拓志のの土下座の理由はパワハラ?

小園拓志氏は、御代田町長に再選した後、再選を祝う祝勝会で突然壇上に上がり、土下座をしています。

そしてその表情は憔悴しきったものだったという。

会場にいた町民の話では、「自分には当選の資格がない」と話しはじめたため、関係者が会を打ち切り、小園氏はそのまま病院に入院したという。

いったい何が起こったのでしょうか。

今回の町長選挙では、現職と新人の一騎打ちだったようですが、選挙期間中に相手陣営が配ったチラシが関係していると言われています。

その内容は、「町長のパワハラが原因で役場職員が大量に退職した」という内容です。

後援会幹部の話では、小園町長は選挙期間中、批判を受けた影響もあり、睡眠をほとんどとれていなかったと話しています。

「パワハラが原因で退職・・・」というチラシを気にしていたようですが、何もなければ気に留めることもなかったと思われることから、何らかの要因があったかもしれませんね。

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